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お仕事小説(産業廃棄物収集運搬業)

『積めない朝』を読む――断る仕事と、紙の一欄【ネタばれあり】

公開

この記事の幹

月に二回の定期回収先で、ドライバーはコンテナの中にリチウムイオン電池を見つけます。積めば、相手の置場は空きます。断れば、相手は困ります。『積めない朝』は、断ることを仕事として引き受けた人と、一枚の紙で自分の持ち分に気づいた人の話です。

ネタばれ注意

この記事は、物語の結末まで書いています。先に朗読の動画を見るか、note で本文を読んでから、お読みください。

どんな話か(結末まで)

主人公は、産業廃棄物の収集運搬会社のドライバー、諸岡達也です。勤めて十三年になります。

その朝、諸岡は月二回の定期回収先、部品工場のタチバナ電装に入ります。積み込む前に、いつものようにコンテナの中を覗くと、廃プラスチックの山の手前に、銀色の平たい電池がこぼれていました。一枚は、枕のように膨らんでいます。

工場の担当の片桐悠人は、今日中に置場を空けるよう、工場長から言われています。電池のところだけ避けて積めないか、と頼みます。諸岡は「積めません」と答えます。契約の品目に入っていないうえ、膨らんだ電池は火が出ることがあるからです。

諸岡は会社の配車係、峯岸紀子に電話をかけます。峯岸は契約の品目を読み上げ、処理場が電池を受け入れないこと、積んだまま見つかったらどうなるかを、同じ速さで伝えます。社長は県外で、夕方までつかまりません。峯岸は言います。「現物を見てるのは諸岡さんだけです」。諸岡は「断ります」と答えます。

置場に戻ると、片桐は苛立っています。手で電池を抜くと言い、コンテナの縁に手をかけます。諸岡はそれを止め、言葉が見つからないまま運転席に戻ります。戻ってきた諸岡の手には、いつも片桐に書いてもらっているマニフェストがありました。諸岡は「排出事業者」の欄を指します。何かあったとき、最初に見られるのは、運送屋の名前ではなく、この欄だと。

片桐は工場長に電話をかけ直します。「運送屋さんが持って行かないんじゃなくて」「うちの廃棄物に、問題がありました」。

誰が電池を入れたのかは、最後まで分かりません。諸岡は空のコンテナで帰ります。事務所の台帳には、断ったという一行がもう書き込まれていました。配車板の来週の欄には、同じタチバナ電装の名前があり、赤で「品目確認」と添えてありました。

「空っぽ」を確かめる仕事

物語は、車庫で諸岡がコンテナの中を懐中電灯で照らす場面から始まります。

空であることを確かめるためではない。空の中に何が残っているかを見るためだ。

この癖が、タチバナ電装の置場で電池を見つける目につながります。そして結末で、諸岡はもう一度、同じ順番で空のコンテナを確かめてから車に乗り込みます。

断った日も、いつもの点検は変わりません。この仕事の判断は、特別な日の勇気ではなく、毎日の手順の上にあることが、最初と最後の同じ動作で示されています。

断るのは、誰の仕事か

峯岸は、判断の材料をすべて渡します。契約の品目、処理場の受け入れ、見つかったときの流れ、五年前に似たことがあったこと。ただし、決めるのは諸岡です。

「現物を見てるのは諸岡さんだけです」峯岸は言った。

突き放しているのではありません。現場を見ている人が決め、事務所はその決定を支える。峯岸はすぐに「再回収の段取りは、こっちで組みます」と引き取ります。

諸岡は、積んだ場合の先まで頭に描いています。置場は空き、片桐は工場長に報告でき、自分は午後の現場に間に合う。その先で、処理場の袋が破られ、銀色のパックが転がり出る。断ることは、その先を見た人にしかできない仕事として描かれています。

一枚の紙が変えたこと

片桐は、仕事のできる人です。搬入口でトラックを誘導する手際は、本文でも「段取りのいい動き」と書かれています。その片桐にとって、最初は「運送屋が持って行かない」話でした。

諸岡の説明は、うまくいきません。片桐に「契約にないので、契約にないのでって、それしか言わないじゃないですか」と言われ、言葉を探して見つけられず、運転席に戻ります。

言葉の代わりに持ってきたのが、マニフェストでした。

「この紙は、荷物と一緒にずっと動きます。」

排出事業者の欄には工場の名前が、交付担当者の欄には片桐の名前が入ります。電池を入れたのが誰であっても、出したのはこの工場です。片桐が紙の端を指で押さえたまま動かなくなる場面で、話の向きが変わります。

犯人を探さない

「誰が入れたんだろう、これ」。片桐の問いに、諸岡は答えません。片桐も、答えを待っていません。

この話には悪役がいません。片桐は上から急かされているだけで、怠けてはいません。峯岸は冷たくありません。諸岡も、正しいことを言いながら、うまく伝えられずにいます。

責めるべき誰かを探すのではなく、次に同じことが起きない段取りを組む。峯岸の台帳と、配車板の赤い「品目確認」が、その答えになっています。

結末――空車と、翌週の配車板

十三年やって、空車で客先を出たのは数えるほどだ。

荷のないコンテナは、積んでいるときより音が多い。諸岡はその音を聞きながら帰ります。

事務所では、峯岸が電話を受けていました。「いい電話でした」と言うだけで、それ以上は言いません。台帳には、日付、客先、品目、混入物の内容、諸岡の名前、そして「断った」という一行。

断ったあとも、取引は続きます。来週の配車板には、同じ客の名前が書き直されていました。断ることは、関係を切ることではなかった。この話は、そう読めます。

現実の制度とつなぐ

環境省は、リチウムイオン電池について「強い衝撃や高温環境に弱く、それらが理由で発火に至ることがあり、廃棄物処理施設等で火災等が発生しています」と注意を呼びかけています。

(参考:環境省「リチウムイオン電池関係」https://www.env.go.jp/recycle/waste/lithium_1/index.html)

作中のマニフェストは、産業廃棄物を出す会社・運ぶ会社・処分する会社をつなぐ伝票です。電子マニフェストは、その情報を排出事業者、収集運搬業者、処分業者の3者が、情報処理センターを介したネットワークでやり取りする仕組みです。諸岡が「この欄はどっちにもあります」と言うのは、このことです。

(参考:日本産業廃棄物処理振興センター「電子マニフェストとは」https://www.jwnet.or.jp/jwnet/about/)

この作品について

  • 本作は、産業廃棄物の収集運搬業を題材にした、技術監修前の創作稿です。作中の積込前の確認、マニフェストの運用、混入物を見つけたあとの対応は、取材と技術監修を経て直す場合があります。描写を、実際の作業手順や取引の判断として使わないでください
  • 本文は note に掲載しています(企画・編集 近藤圭太/草稿 Claude/レビュー ChatGPT・Gemini)
  • 朗読の声は、スピーチライター近藤圭太の声をもとに、AI(ElevenLabs)で合成しています。挿絵は AI(fal)で生成しています
  • 「実際の現場では、こうはしない」というご指摘を、コメント欄かお電話でお待ちしています。取材の入口にさせていただきます
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