『国境は目に見えない』を読む――旗を振る人と、会議を組む人【ネタばれあり】
公開
この記事の幹
市境の通学路で、消えかけた横断歩道を塗り直すまでに、何人の手を通るのか。『国境は目に見えない』は、その手間を引き受けた市議と、毎朝旗を振って子どもを守った市議の話です。完成した日の写真の中央に立ったのは、手間を引き受けたほうではありませんでした。
ネタばれ注意
この記事は、物語の結末まで書いています。先に朗読の動画を見るか、note で本文を読んでから、お読みください。
どんな話か(結末まで)
舞台は、南川市と東丘市の市境にある交差点です。横断歩道の白線は、粉を吹いたように薄くなっています。
朝、軽ワゴンが速度を落とさずに近づき、小学三年生の悠太が一歩前へ出ます。黄色い旗で止めたのは、南川市議の浅倉亮司。毎朝、この通学路に立つことで知られている議員です。
その日の夕方、同じ南川市議の瀬川真一は、ある母親から相談を受けます。「旗を振る人がいない日はどうなるんですか」。
瀬川は翌朝から交差点に立ち、通る車を数えます。南川市の道路管理課、東丘市議の梶原、東丘市の道路維持課を回ります。横断歩道は警察、電柱の位置は東丘市、看板は自治会との調整。一つの交差点に、持ち主が多すぎました。
日程がなかなか決まらないなか、瀬川は電話をかけ、頭を下げ、ようやく自治会館に関係者を集めます。会議で瀬川は、時間のかかる対策とは別に「明日の朝の対策」を分けて出し、話が動き始めます。
三か月後、横断歩道は塗り直されました。完成確認の日の写真で、中央に立ったのは浅倉でした。瀬川は端に写り、肩が半分切れていました。浅倉の投稿には、感謝の言葉が並びます。
翌朝、車は少し手前で速度を落とし、子どもたちは渡っていきます。瀬川は、晴れない気持ちを抱えたまま歩き出します。そこへ電話が鳴ります。側溝の相談でした。
市境――持ち主が多すぎる交差点
本文に、次の一節があります。
子どもは市境を知らない。
予算は知っている。
道路台帳も知っている。
決裁欄も知っている。
交差点の手前は南川市の市道です。渡った先の道路と電柱の位置は東丘市。横断歩道そのものは警察。看板を置くには、自治会の了解が要ります。
どの窓口も、自分の持ち分については正しいことを言います。東丘市の係長の言葉が、その典型です。「東丘市の予算で、南川市の学校の通学路を整備する、という説明は簡単ではありません」。
誰も怠けていません。それでも白線は薄いまま残ります。題名の「国境」は、この目に見えない持ち分の線のことだと読めます。
二人の市議――浅倉の旗と、瀬川の手帳
この話には、悪役がいません。
浅倉は子どもの名前を覚え、高齢の女性のごみ袋を持ちます。あの朝、浅倉の旗がなければ、悠太は車の前に出ていました。瀬川自身も、それを認めています。
瀬川は、駅前演説が得意ではありません。SNS も遅い。そのかわり、相談を受けたら現場に行きます。手帳は、住民相談で半分以上埋まっています。
二人の違いは、善意の量ではありません。善意が届く場所の違いです。本文はこう書きます。「その善意が、会議室の奥までは降りてこなかっただけだ。」
「難しい」を分ける
浅倉は、担当課には伝えていると言い、「なかなか難しいようですが」と続けます。瀬川は、そこで立ち止まります。
難しい。
その言葉が出た時点で、相談はたいてい棚に置かれる。
何が難しいのかを分けない限り、次の一手は出ない。
南川市の窓口で「呼ぶのは簡単ではありません」と言われたとき、瀬川はこう返します。「簡単ではないことは分かりました。では、何からなら始められますか」。
会議でも、同じことをします。信号機や時間帯の通行止めは、すぐには決まりません。だから、学校での指導、見守りの立ち位置、仮の看板、横断歩道の現場確認と、明日の朝からできることを先に分けて示しました。持ち主が多い問題は、分けると動き出します。
結末――写真の端と、二つの「本当」
完成確認の写真で、中央に立ったのは浅倉でした。瀬川は、自分が何に怒っているのかを問います。相談者の声が軽く扱われたからか。自分の汗が見えないからか。答えは「どちらもあった。」
翌朝の交差点で、瀬川はこう感じます。
よかった。
それは本当だった。
許せない。
それも本当だった。
二つは、瀬川の中で混ざらなかった。
物語は、どちらかに決着をつけずに終わります。最後に鳴る電話は、側溝の相談です。初当選の年、瀬川は割れた側溝のふたを担当課に伝えただけで、その先を見届けませんでした。三か月後、そこで女性が転びました。その記憶と、最後の電話が重なります。瀬川は足を止め、手帳を開きます。
現実の制度とつなぐ
作中で南川市の職員は「横断歩道そのものは警察です」と言います。横断歩道や信号を誰が決めるのかは、連載「地方議員の現場レポート」の第2回「横断歩道と信号は誰が決めるのか」で、実際の地方議員の投稿とあわせて書いています。
地方議員の現場レポート 第2回「横断歩道と信号は誰が決めるのか」を読む
この作品について
- 本文は note に掲載しています(作 ChatGPT/編集 近藤圭太・Claude)
- 朗読の声は、スピーチライター近藤圭太の声をもとに、AI(ElevenLabs)で合成しています
- 挿絵は AI(fal)で生成しています
- ご感想は、下のコメント欄へどうぞ