きざむ文章(選択式文章法)とは
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きざむ文章(選択式文章法)とは、文章を短く区切り、区切りごとに複数の言い回しを並べて、どれを選ぶかを読み手に渡す書き方です。
書き手が一つの正解を示すのではなく、選ぶ材料と、選ぶためのよりどころを一緒に渡します。スピーチライターの近藤圭太が、原稿制作の実務のなかで形にしました。
この記事の要点
- きざむ文章は、直した文章を一本だけ差し出すのではなく、異なる判断がありうる場所を括弧で開いたまま渡す編集の方法である。
- 読み手は上から下へ読み進み、括弧のところで自分の一語を選ぶ。
- 下に、弔辞の下書きを実際にきざんだ実物と、元の文章の両方を載せている。
1完成した文章
編集した側が場面に照らして選ぶなら、こうなります。
田村さん。
あなたが亡くなられたという知らせを聞いたとき、私は言葉を失いました。
私が新入社員だったとき、電話の取り方がわからず、困っていたことがあります。その時、あなたは自分の受話器を上げて、実際にやってみせてくれました。教わったというより、見せてもらったという感じでした。
教えるのではなく、やってみせる人でした。
心からご冥福をお祈りいたします。
2きざんだ本文
括弧の中の「/」は選択肢です。スラッシュのない括弧は「入れるか、省くか」。<001> は形の違う選択肢をまとめた番号ブロックで、丸数字のどれかを選びます。太字が、上の「1 完成した文章」に採った側です。素のままの言葉が、選ばなかった側です。
太字だけを声に出して読むと、1の文章になります。読み終えたら、5節と読み比べてください。
<001>
①田村さん。
②謹んで、(故田村一郎様/田村一郎さん)の(ご/み)霊前に、(お別れの言葉/弔辞)を(申し上/捧)げます。
(田村さん/あなた)が(亡くな/逝か)られた(という/との)知らせを(聞いた/受けた)とき、私は(言葉を失いました/何も言えませんでした/ただ黙っていました)。
<002>
①(この部分は割愛する)
②あなたは、いつも(優しく/穏やかで/気さくで)、面倒見の(よ/い)い(先輩/方)でした。
私が(新入社員だった/入ったばかりの)とき、電話の(取り方/出方)が(わからず/わからなくて)、(困っていた/手が止まった/立ち往生した)ことがあります。
その(とき/場で)、あなたは自分の受話器を(上げて/取って)、(実際に/その場で/目の前で)やってみせて(くれました/くださいました)。
(教わった/教えられた)(というより/のではなく)、(見せてもらった/やってみせてもらった)(という感じでした/のだと思います)。
<003>
①(教える/説明する)のではなく、(やってみせる/手本を示す)人でした。
②本当に(お世話になり/ありがとうござい)ました。
③(この部分は割愛する)
(心より/心から)ご冥福をお(祈りいたします/祈り申し上げます)。
分岐は31箇所、本文は17文。1文あたり1.82箇所です。
3どんな場面か
| 読む人 | 入社時に指導を受けた後輩 |
|---|---|
| 故人 | 会社の先輩。社内では役職ではなく「さん」付けで呼ばれていた |
| 場 | 一般葬。遺族席の目の前で読む |
| 元の文章 | 依頼者本人が書いた下書き、という想定。創作例です |
4元の文章
きざむ前の下書きです。これと、2の「きざんだ本文」を見比べてください。
ビフォー
謹んで、故田村一郎様のご霊前に、お別れの言葉を申し上げます。
田村さんが亡くなられたという知らせを聞いた時、私は言葉を失いました。田村さんは、いつも優しく、面倒見の良い先輩でした。
私が新入社員だった時、電話の取り方も分からずに困っていたことがあります。その時、田村さんは自分の受話器を上げて、実際にやって見せてくれました。教わったというより、見せてもらったという感じでした。
本当にお世話になりました。心よりご冥福をお祈りいたします。
5判断の解説
5-1 冒頭を、型どおりにするか、名前を呼ぶか <001>
②の「謹んで、故田村一郎様のご霊前に、お別れの言葉を申し上げます」は、型として正しく、間違いもありません。だから誰の弔辞にもなります。参列者は最初の十秒で「読み上げだ」と判断し、耳を半分閉じます。
①は名前を呼ぶだけです。呼びかけたその一語で、これから語られるのが誰の話なのかが、その場の全員に伝わります。ここでは①を採りました。
ただし②が誤りというわけではありません。社葬など式次第の硬い場では、型どおりの前置きが求められることがあります。式の格を見て決める箇所です。
5-2 人柄をほめる一文を、置くか外すか <002>
「いつも優しく、面倒見のよい先輩でした」は、弔辞でよく見る一文です。ここでは割愛する側を採りました。
理由は、評価の言葉は、場面に置き換えられるからです。このあとに「受話器を上げてやってみせた」場面が続きます。その場面が働いていれば、優しさは聞き手が自分で見つけます。先に評価を言ってしまうと、故人の人柄ではなく、書き手の感想が前に出ます。
5-3 「あなた」と呼ぶか、名前で呼び続けるか
元の文章は、最後まで「田村さん」で通しています。きざんだ本文では、冒頭で名前を呼んだあと「あなた」へ移す側を採りました。名前を呼びかけた直後は、二人称のほうが距離が近いからです。
これは声の質にもよります。呼びかけが得意でない方は、最後まで名前で通したほうが読みやすくなります。全文を通して一貫させることだけが条件です。
5-4 結びに、要約を置くか、礼を置くか <003>
①は「教えるのではなく、やってみせる人でした」。場面を一行に畳んだ言い方です。②は「本当にお世話になりました」。礼を述べる、ふつうの結び方です。
①を採ると、聞き手の中に故人の像が一つ残ります。②を採ると、書き手の気持ちが残ります。どちらが正しいということはありません。そのあとに続く本文の長さで決まります。
6捨てた表現
見え消し
実際にやって見せてくれました「やってみせる」で一つの動詞です。分岐にはせず直しました。面倒見の良い「よい」と読ませたいところに「良い」を当てると、音が「りょう」に寄ります。かな書きにしました。構造を組み替える案「電話の取り方も分からなかった私に、あなたは黙って受話器を上げた」のように詰めれば短くなります。ただし元の文章は、困った場面と、助けられた場面を順に置く形で書かれています。ここを崩すと、書き手の設計が消えます。
よくある質問
きざむ文章(選択式文章法)とは何ですか。
文章を短く区切り、区切りごとに複数の言い回しを並べて、どれを選ぶかを読み手に渡す書き方です。書き手が一つの正解を示すのではなく、選ぶ材料と、選ぶためのよりどころを一緒に渡します。
なぜ直した文章を一本にせず、選べる形で返すのですか。
言葉を決めるのは書いた人だからです。編集した側が選べば一本になりますが、そこに至る分かれ道を消すと、次に書くときの手がかりが残りません。きざむ文章は、異なる判断がありうる場所を残す編集です。
括弧とスラッシュの読み方を教えてください。
括弧の中のスラッシュは選択肢です。スラッシュのない括弧は「入れるか、省くか」を意味します。番号のついたブロックは、形の違う選択肢をまとめたもので、丸数字のどれかを選びます。太字は、編集した側が選んだほうです。
誤変換や敬語の間違いも直してもらえますか。
直します。ただし数字・固有名詞・日付といった事実は変えず、誤りがあれば本文ではなく解説で指摘します。文体も書き手のものとして動かしません。
「きざむ文章」は商標ですか。
「きざむ文章」は近藤圭太の商標です。2026年9月1日に出願しています。