弔辞の書き出し。最初の一行で、聞く姿勢が決まる
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結論
弔辞の書き出しは、故人の名前を呼ぶところから始めます。経歴でも、悲しみの表明でもありません。名前を呼ぶという行為そのものが、これから話されるのが誰の話なのかを、その場の全員に一秒で伝えます。
この記事の受け取り方
- 下書きを実際に編集した実物を、元の文章とあわせて載せている。
- 括弧で開いた場所は、異なる判断がありうる場所である。太字が、こちらで採った側。
- 弔辞の長さは、読み上げて5分以上が妥当。3分では、人の一生を語るには短すぎる。
1完成した文章
会社の先輩に、後輩が読む弔辞です。書き出しの部分だけを取り出しています。まず、こちらで選ぶならこうなる、という一本を読んでください。
佐々木さん。
あなたの名前を、こうして大勢の前で呼ぶ日が来るとは思っていませんでした。
十二年前の春、私は現場に配属されたばかりで、図面の読み方もわかっていませんでした。あなたは、それを知っていて何も言わず、毎朝、私の机にその日の図面を広げてから現場へ出て行きました。
教わった覚えは、一度もありません。
それでも十二年、私はあなたのやり方で図面を読んできました。
2きざんだ本文
括弧の中の「/」は選択肢です。スラッシュのない括弧は「入れるか、省くか」。<001> は形の違う選択肢をまとめた番号ブロックで、丸数字のどれかを選びます。太字が、上の「1 完成した文章」に採った側です。
太字だけを声に出して読むと、1の文章になります。読み終えたら、5節と読み比べてください。
<001>
①(佐々木さん/佐々木部長)。
②私は(佐々木さん/佐々木部長)と、十二年、同じ現場で仕事をしてきました。
③謹んで、(故)佐々木様の(ご/み)霊前に(お別れの言葉/弔辞)を(申し上/捧)げます。
あなたの名前を、こうして(大勢の前で/人前で/みなさんの前で)呼ぶ日が来るとは(思っていませんでした/考えたこともありませんでした)。
<002>
①(この部分は割愛する)
②佐々木さんは、部下から(慕わ/信頼さ)れる(立派な/すぐれた)(上司/方)でした。
十二年前の(春/四月)、私は(現場に配属された/現場へ出た)ばかりで、(図面の読み方/図面)(も/さえ)(わかっていませんでした/わからずにいました)。
あなたは、それを(知っていて/わかっていて)(何も/ひとことも)言わ(ず/ないまま)、(毎朝/朝ごとに)、(私の机に/私の席へ)その日の図面を(広げてから/置いてから)(現場へ出て/出て)行きました。
<003>
①(教わった/教わったという)覚えは、(一度も/ついに)ありません。
②私は、(何/ひとつ)も教(わっ/えられ)ていません。
③(この部分は割愛する)
それでも(十二年/この十二年)、私は(あなたのやり方で/あなたに倣って)(図面を読んで/図面と向き合って)きました。
分岐は32箇所、本文は17文。1文あたり1.88箇所です。
3どんな場面か
| 読む人 | 同じ現場で十二年を共にした後輩 |
|---|---|
| 故人 | 職場の先輩。現場で図面を扱う仕事 |
| 場 | 一般葬。遺族席の目の前で読む |
| 長さ | 全文で5分以上(原稿にすると1,500字前後から)。ここに載せたのは冒頭のみ |
| 元の文章 | 依頼者本人が書いた下書き、という想定。創作例です |
この条件のうち、書き出しを左右するのは「遺族席の目の前で読む」という一点です。弔辞は故人に語りかける形をとりますが、実際に耳を傾けているのは残された人たちです。最初の一行が故人の名前であれば、遺族はそこで顔を上げます。
4元の文章
きざむ前の下書きです。これと、2の「きざんだ本文」を見比べてください。
ビフォー
謹んで、故佐々木様のご霊前にお別れの言葉を申し上げます。
佐々木さんは、部下から慕われる立派な上司でした。私は佐々木さんと、十二年、同じ現場で仕事をしてきました。
十二年前の春、私は現場に配属されたばかりで、図面の読み方もわかっていませんでした。佐々木さんは、それを知っていて何も言わず、毎朝、私の机にその日の図面を広げてから現場へ出て行きました。私は、何も教わっていません。それでも十二年、私は佐々木さんのやり方で図面を読んできました。
5判断の解説
5-1 入口の型が三つある <001>
③の「謹んで、故佐々木様のご霊前にお別れの言葉を申し上げます」は、型として正しく、間違いもありません。だから誰の弔辞にもなります。参列者は最初の十秒で「読み上げだ」と判断し、耳を半分閉じます。
①は名前を呼ぶだけです。その一語で、これから語られるのが誰の話なのかが、その場の全員に伝わります。②は関係を先に言う形で、読む人が誰なのか参列者に知られていない場合に効きます。社葬や、親族以外の参列者が多い式では②が働きます。
ここでは①を採りました。決め手は、あなたの立場がその場で知られているかどうかです。
5-2 人柄をほめる一文を、置くか外すか <002>
「部下から慕われる立派な上司でした」は、弔辞でよく見る一文です。ここでは割愛する側を採りました。
直後に「毎朝、私の机に図面を広げてから現場へ出て行った」という場面が来ます。その場面が働いているうちに評価を先に置くと、聞き手は自分で見つける機会を失います。先に「立派な上司」と言われてしまうと、そのあとの場面は、その評価の証拠として聞かれてしまう。順序が逆です。
5-3 結びを、否定形で始めるか <003>
①は「教わった覚えは、一度もありません」。②は「私は、何も教わっていません」。言っている中身は同じです。
違うのは、次の一行の効き方です。①のあとに「それでも十二年、私はあなたのやり方で図面を読んできました」が続くと、否定から肯定への折り返しがはっきりします。②は素直な言い方で、そのぶん折り返しが弱くなります。
ただし①は言い切りが強く、遺族の受け取り方によっては冷たく響くことがあります。式の空気で決める箇所です。
5-4 「十二年」が二度出てくる
元の文章は「十二年、同じ現場で」「それでも十二年」と、同じ言葉を二度使っています。これは元の文章の仕掛けと判断し、片方を割愛する選択肢は置いていません。
最初の十二年は長さを示し、二度目の十二年はその長さを引き受け直します。片方を消すと、この折り返しが消えます。
6捨てた表現
同じ場面に対して実際に書き、使わなかったものを並べます。選んだ言葉より、捨てた言葉のほうが多くを語ります。
見え消し
佐々木さんが亡くなられたと聞いたとき、私は言葉を失いました。書き手の側の話から始まっている。弔辞の主語は故人。自分の衝撃は、必要なら後半に一度だけ置く。いつも優しく、面倒見のよい先輩でした。評価の言葉は、場面に置き換えられる。「毎朝、図面を広げてから出て行った」が入っていれば、面倒見のよさは聞き手が自分で見つける。あなたのご冥福を心よりお祈りいたします。結びには要るが、書き出しには要らない。冒頭で祈ってしまうと、そのあとに続く時間の行き先がなくなる。語順を組み替える案「図面の読み方も知らなかった私に、あなたは何も言わなかった」と詰めれば短くなる。ただし元の文章は、自分の状態と、相手の行いを、順に置く形で書かれている。ここを崩すと書き手の設計が消える。
7場面が違うときの差し替え
同じ書き出しの型は、関係が変われば言葉だけ入れ替えて使えます。変えるのは「名前の呼び方」と「最初の一場面」の二か所だけです。
| 関係 | 呼びかけ | 置く一場面 |
|---|---|---|
| 取引先の担当者 | 「山本さん。」 | 初めて名刺を交換した場所と、そのとき言われた一言 |
| 恩師 | 「先生。」 | 叱られた場面を一つ。褒められた場面より人柄が出る |
| 友人 | 下の名前、または呼んでいたあだ名 | 二人しか知らない、小さくて実際的な出来事 |
| 親族(甥・姪から伯父へ) | 「伯父さん。」 | 子どもの頃に連れて行ってもらった場所 |
この四つのどれにも当てはまらない、あるいは故人との関係が単純ではない、という場合こそ、電話をいただければと思います。関係が複雑な弔辞ほど、書き出しの一行で決まります。
よくある質問
弔辞はどのくらいの長さが適切ですか。
人によって違いますが、読み上げて5分以上が妥当です。3分で人の一生を語るのは短すぎます。原稿にすると1,500字前後からが目安になります。式の進行の都合で時間を指定されることもあるため、依頼を受けた時点で葬儀社に確認しておくと安全です。
忌み言葉はどこまで気にするべきですか。
重ね言葉(重ね重ね・たびたび)と、直接的な生死の語(死ぬ・生きていた頃)を避ければ実務上は足ります。言い換えに気を取られて文が不自然になるくらいなら、素直な言葉のほうが伝わります。
故人をどう呼べばよいですか。
生前の呼び方をそのまま使うのが自然です。社葬でも「佐々木さん」「佐々木部長」と、あなたが実際に呼んでいた呼び方を選びます。急に「故人」「故佐々木氏」と改めると、そこだけ他人の文章になります。